RNA制御によって達成される生命現象の謎に迫る
私たちのゲノムDNAに書き込まれた遺伝情報は、メッセンジャーRNA(mRNA)へと転写され、タンパク質へと翻訳されることで発現します。このセントラルドグマの流れの中で、mRNAは遺伝情報の中間体に過ぎないのでしょうか?答えは「No」です。私たちの細胞は、mRNAを積極的に分解したり、その翻訳を調節することで、実に巧妙にタンパク質の発現をコントロールしています。RNA制御学研究室では、遺伝学・発生生物学の優れたモデルであるゼブラフィッシュとゲノム編集、次世代シークエンスなどの最先端の研究手法を組み合わせ、「生命がRNAを制御する原理」についての基礎研究を行なっています。
遺伝暗号の新機能 : コドンによるmRNAの安定性制御機構
リボソームによるmRNAの翻訳は、遺伝暗号であるコドンの配列からタンパク質を合成するセントラルドグマの中核を成す反応です。私たちは、ゼブラフィッシュをモデルとして用いた研究から、受精直後のmRNA安定性がORFのコドン組成によって決まっていることを明らかにしました (Mishima et al., Mol Cell. 2016)。この発見は、翻訳中のリボソームがコドンの違いを「感知」してmRNAの安定性を「調節」していることを意味しています。この現象はゼブラフィッシュだけでなく我々ヒトでも起こっています。しかし、リボソームがどのようにしてコドンを見分けてmRNAの安定性を変化させているのかは、まだほとんど明らかになっていません。これまでゼブラフィッシュ初期胚において培ってきた独自の知見とアプローチを生かし、コドンによるmRNAの安定性制御機構の解明を目指します。
リボソームとtRNA:基本翻訳装置による個体発生の制御
リボソームやトランスファーRNA(tRNA)は「翻訳」という生命にとって必須の反応を担うため、いつでもどこでも同じように存在すると考えられがちです。しかし実際には、発生時期や細胞の種類、環境要因によってリボソームタンパクやtRNAの量・質は動的に変化しています。このような翻訳装置の「意外な変動」は、mRNAの制御を介して遺伝子発現の微細な調節に関わっていると考えられます。ダイナミックな遺伝子発現の変動を繰り返す個体発生過程において、リボソームとtRNAが遺伝子発現を調節する「新たなプレーヤー」として働いている可能性を検証します。
新たなRNA制御機構発見への挑戦
近年のRNA研究の進展により、RNA制御に関する研究には基礎・応用の両面から大きな注目が集まっています。複雑で巧妙に創られた生命システムには、まだまだ数多くの「未知のRNA制御機構」が存在するに違いありません。そのような機構の破綻は私たちの健康を脅かす要因となっている可能性もあります。ゼブラフィッシュ胚の利点を生かし、個体発生の過程に起こるダイナミックな遺伝子発現に注目することで、RNAを制御する新しいメカニズムの発見に挑みます。